DSD256とDSD512の違い。PCMからDSDを作ると何が起きるか
著者 Taiki NodaSonir Bench 0.1.62で確認(2026-10-15)
DSD256とDSD512の違いはサンプリング周波数で、DSD256は11.2896 MHz、DSD512はその倍の22.5792 MHzです。MacからDoPでDACへ送るには、DSD256で705.6 kHz、DSD512で1411.2 kHzのPCMをDACが受けられる必要があります。PCMからDSDを作ると、可聴帯域の中身は変わらないまま、量子化の雑音が可聴帯域の外へ移されます。元の音源に無い情報は増えません。
DSD64・128・256・512の違い
DSDは1bitの信号を極めて高いサンプリング周波数で並べる形式です。名前の数字(64や512など)は、44.1 kHzの何倍のレートで標本化しているかを表しています。SACDに使われているのがDSD64です。
| 名前 | サンプリング周波数 | 44.1 kHzの何倍か | DoPに要るPCMのレート |
|---|---|---|---|
| DSD64 | 2.8224 MHz | 64 | 176.4 kHz |
| DSD128 | 5.6448 MHz | 128 | 352.8 kHz |
| DSD256 | 11.2896 MHz | 256 | 705.6 kHz |
| DSD512 | 22.5792 MHz | 512 | 1411.2 kHz |
macOSはDSDをそのままDACへ送る仕組みを持っていません。そこでDoP(DSD over PCM)を使います。DoPは24bit PCMの1ワードのうち、上位8bitにマーカー(目印として 0x05 と 0xFA を交互に配置)を置き、下位16bitにDSDの16サンプル分のビットを格納します。そのため、DoPを運ぶPCMのサンプリングレートは、常にDSDレートのちょうど1/16になります。DACは目印を見つけるとPCMではなくDSDとしてデコードして再生します。
この仕組みには、Mac側で守るべきことが1つあります。DoPで送っている間は、Mac側で音量を変えてはいけません。 1bitでも値が変わると目印が崩れ、DACはDSDだと認識できなくなります。音量調整・ディザ・リミッターは、DoPを作った後には一切掛けてはいけません。
レートが上がると何が変わるか
DSDは1bitしかないので、そのままでは量子化の雑音がとても大きくなります。そこで雑音を可聴帯域の外へ押し出します(次の節)。レートが高いほど、可聴帯域(20 kHzまで)に対して使える周波数の幅が広くなり、雑音を置く場所に余裕ができます。DSD256とDSD512の差は、この高域の余裕の差です。
一方で、送るデータの量と計算の量はレートに比例して増えます。DSD512のDoPはステレオ24bitで毎秒約8.5 MBになります。USB High Speedの等時転送の上限(約24.6 MB/s)には収まる計算ですが、DAC側がそのサンプリングレートを受けられるかどうかは別問題です(後述)。
PCMからDSDを作る仕組み
PCMの音源からDSDを作る処理を、ΔΣ(デルタシグマ)変調と呼びます。手順は大きく3つです。
- PCMをDSDのレートまで補間する(アップサンプリング)
- 1標本ごとに「+1か-1か」を決める。そのとき出た誤差を次の標本の判断に戻す
- 決まったビットを詰めて送る
2の処理が変調器の本体(コア)です。1bitに丸めると毎回大きな誤差が出ますが、その誤差を次の判断へ戻し続けることで、平均すると元の波形に沿ったビット列になります。
ノイズシェーピング: 雑音を消すのではなく、置き場所を移す
誤差の戻し方を工夫すると、雑音の周波数ごとの分布を変えられます。これがノイズシェーピングです。可聴帯域の雑音を深く下げ、その代わりに可聴帯域より上へ雑音を寄せます。
大事なのは、雑音の総量は減らないことです。1bit列(+1と-1の並び)の総エネルギーは一定なため、変えられるのは周波数ごとの配分(置き場所)だけです。Sonirの測定では、同じDSD256で変調器の設計を16通り変えても、帯域外を含めた雑音の総量はどれも+3.0 dBFSで同じでした。設計で選べるのは「どの帯域にどれだけ置くか」です。
変調器の安定性と、音量を数dB下げる理由
ノイズシェーピングを強くするには、誤差を戻す回路の次数を上げます。次数が上がるほど可聴帯域の雑音は深く下がりますが、代わりに大きな入力で変調器が不安定になりやすくなります。不安定になると、雑音が暴れて音として破綻します。
変調器が安定して扱える最大の振幅には上限があり、高い次数ほど低くなります。たとえばDSD64で、5次では最大振幅の0.596倍、7次では0.528倍まで下がりました。この上限より大きい信号を入れないために、変調の前で音量を数dB下げます。
Sonirで次数ごとに測ると、DSD256で下げる量は3次で約3.3 dB、4次で約5.1 dB、5次で約6.0 dB、6次で約6.4 dBでした。この減衰は変調器の設計で決まる固定の値で、曲によって動くものではありません。
もう1つ実測で判明したのは、変調器が安定かどうかの判定には長い検証時間がかかるという点です。約5万サンプル回した時点では安定に見えても、264,000サンプル目で発散する設定がありました。判定には100万標本を使っています。
次数は高いほど良いのか
DSD256での測定です(実効SNRは可聴帯域の信号と雑音の比)。
| 次数 | 実効SNR | 下げる音量 |
|---|---|---|
| 3 | 132.6 dB | 約3.3 dB |
| 4 | 159.9 dB | 約5.1 dB |
| 5 | 186.2 dB | 約6.0 dB |
| 6 | 209.8 dB | 約6.4 dB |
次数を上げると実効SNRは上がりますが、DACのアナログ回路の雑音はおよそ120 dBです。3次の時点でそれを超えているので、この差は耳に届く前にDACのアナログノイズフロアに埋もれてしまいます。 一方で、下げる音量は増えていきます。SNRを物差しにすると、3次から上はこの用途では差が出ない領域に入っています。
そこでSonir Benchは、下げる音量が最も小さい3次を既定にし、次数を選べるようにしています。なお、2次は実効SNRが88.1 dBで、CDの96 dBを下回ります。
「DSD変換は意味ない」のか
PCMからDSDを作ることについて、得られないもの、得るもの、失うものを分けておきます。
得られないもの
- 元の音源に無い情報。 44.1 kHz / 16bitの音源をDSD512にしても、20 kHzより上の音楽や、16bitより細かい情報が生まれるわけではありません。DSDの中身は元のPCMそのものです
- SNRの数字の差。 上の表のとおり、変調器のSNRは3次の時点でDACのアナログ回路の雑音を上回っています。それより上の数字の差は聴き分けの対象になりません
- DSDファイルそのもの。 SACDやDSDで録られた音源とは別物です。PCMで録って仕上げた音を、1bitの形に直しているだけです
得るもの
- DACのDSDの入口を使えること。 DACによってはPCMとDSDで中の通り道が違います。どちらの音が好みかはDACの作りと耳次第で、一般論では決まりません
- 変換の工程を自分で選べること。 ΔΣ型のDACチップを使うDACの多くは、PCMを受けたあとも内部で高いレートへ補間し、変調しています。Mac側でDSDまで作ると、その工程の一部(補間のフィルターと変調器)をDACの外で決めることになります
失うもの
- 音量が数dB下がる(次数で決まる固定の量)
- 可聴帯域の外に雑音が置かれる。置き場所は次数で変わる
- 計算が重い。DSD512は特に重く、以前の作りではApple M1の1コアで実時間に間に合いませんでした。処理を詰め直したあと、同じ処理を切り出して測ると1コアの38〜48%で回っています
まとめると、DSD変換は「音を良くする魔法」ではありませんが、意味が無いわけでもありません。DACのDSDの入口で聴いてみたい人、変換の工程を自分で選びたい人にとっての選択肢です。
48kHz系の音源からDSDを作る
DSDのレートは44.1 kHzの倍数です。48 kHzや96 kHzの音源からは、整数の比ではたどり着けません(2.8224 MHz ÷ 768 kHz = 3.675)。
取れる道は2つあります。
- 44.1 kHz系へ変換してからDSDにする。 変換を入口(48 kHz)で掛けると、22.05 kHzのすぐ下に急峻なフィルターが必要になり、可聴帯域の高域端に影響を及ぼしてしまいます。一度768 kHzまで上げてから705.6 kHzへ変換すると(比は147/160)、フィルターの遷移帯域を24 kHz以降の広い帯域にゆったり確保できます。Sonirの測定では、20 kHzまでの振幅は0.01 dBも動かず、折り返しの抑圧は約118〜120 dBでした
- 48 kHz系のDSDで出す。 DSD64に当たる3.072 MHzなど、48 kHzの倍数のDSDです。ただしDoPの規格が定めているのは44.1 kHz系だけで、受けられるDACは限られます。DACが仕様上768 kHzに対応していても、そのレートでDoPを認識するかどうかは別問題です
DoPを解釈できないDACに送ると、DACはそれをただのPCMとして鳴らします。Sonirで測ると、出てくるのは-26.6 dBFSほどの雑音で、そのほとんどが可聴帯域の外の高い周波数でした。大きな音にはなりませんが、DACがDoPに対応しているかを確かめてから使ってください。
DSD512を受けるDACの条件
MacでDSD512を鳴らすには、DACが次の2つを満たしている必要があります。
- 1411.2 kHzのPCMを受けられること。 DoPでDSD512を運ぶにはこのレートが要ります。Macの「Audio MIDI設定」でDACを選び、フォーマットの一覧に1411.2 kHzがあるかで確かめられます
- そのレートでDoPを解釈すること。 レートを受けられても、DoPとして読まないDACではDSDになりません。仕様書の「DSD512(DoP)」の記載で確かめます
たとえばTopping E30 II Liteは、Macに示すレートが768 kHzまでで、1411.2 kHzがありません。この場合、Macから送れるのはDSD256(705.6 kHz)までです。
macOSは1411.2 kHzでDACへの出力を開けます。Sonir Benchでは、Mac miniと外部のDACで、DSD512をDoPで鳴らしています。
DSD256とDSD512、どちらを選ぶか
- DACが1411.2 kHzに対応していない場合は、DSD256が上限となります(選ぶ余地はありません)。
- 両方受けられるなら、雑音を置く場所の余裕はDSD512のほうがありますが、計算量は倍になります
- 可聴帯域の中身はどちらも元のPCMと同じです。聴き比べるなら、変調器の設計で変わる音量差(数dB)を揃えてから比べてください。音量の違いは「音質が違う」と錯覚しやすいためです。
よくある質問
DSD512はDSD256より音が良いのですか
可聴帯域の中身はどちらも元の音源と同じで、レートを上げても情報は増えません。変わるのは、雑音を可聴帯域の外のどこに置けるかの余裕と、DACの中の通り道です。どちらが良く聴こえるかはDACの作りによります。
DSD変換で音量が下がるのはなぜですか
変調器が安定して扱える振幅に上限があり、それより大きい信号を入れないために変調の前で数dB下げているからです。量は次数で決まり、DSD256では3次で約3.3 dB、6次で約6.4 dBでした。
48kHzの音源もDSDにできますか
できます。いったん高いレートへ上げてから44.1 kHz系へ変換し、DSDにします。変換は可聴帯域に影響を与えない形で処理できます。48 kHz系のDSDのまま出すこともできますが、対応するDACが必要です。
MacでDSDを出すのにDoPが要るのはなぜですか
macOSにはDSDをそのままDACへ送る仕組みが無いからです。DoPはDSDのビットをPCMの語に詰めて運ぶので、DACは対応するPCMのレート(DSDの1/16)を受けられる必要があります。
Sonir Benchでできること
0.1.62で確かめた内容です。
Sonir Benchは、Macの再生音をPCMで受け、「出力設定」の「出力形式」で「DSD(DoP)」を選ぶと、DSD64・128・256・512から選んだレートのDSDを作ってDoPでDACへ送ります。「次数」は3〜6から選べ(既定は3次)、候補ごとの「実効 SNR」と「減衰量」が画面に出ます。48 kHz系の音源は「44.1 系へ変換」(既定で有効)で変換してからDSDにします。設定の手順はDACに合わせて出力設定を決める(ハイレゾ・DSD)にまとめています。